春の雪と夏の真珠(第二十四話)

第二十四話 夏珠の話にのめり込む自分がいた。時間、空間、身の回りのすべてがたゆんで見える。夏珠はそんな俺を見て一度間を取った。 「ごめん。続けて」 再び二人の世界にのめり込んでいく。 「遥征くんの実家には毎年行ってたんだけね。けれど一度として…

春の雪と夏の真珠(第二十三話)

第二十三話 雨に包まれた空間が肌寒いわけではない。緊張とも違う。それでも俺の体は震えていた。 俺の話が終わると夏珠はそっと俺の手を取り、握ってくれた。過去にいつだって俺が不安や悲しみにくれているときそうしてくれたように。 「ごめんね。ずっと苦…

春の雪と夏の真珠(第二十二話)

第二十二話 急に強い雨が降ってきた。ちょうど住宅街の一角にある小さな公園に差し掛かり休憩にぴったりの東屋が目に入った。中心に木で丸く椅子が設えられていて、俺と夏珠は雨に濡れないようにできるだけ東屋の中心の椅子にぴったり寄り添うように座った。…

春の雪と夏の真珠(第二十一話)

第二十一話 ほんのしばらくの間、いや、かなり長い間だったのか。俺は無意識の狭間で動けなくなっていた。精神的にきてしまっていたようだ。 意識をしっかり持ったときにはすでに夏珠の姿は俺の前から消えていた。今までの事が夢だったかのように、夏珠とい…

春の雪と夏の真珠(第二十話)

第二十話 付き合っていた頃、雨の日の散歩のとき夏珠は雨についてあれこれ説明してくれた。特別感心するほどのうんちくがあったわけではなく、ただただ見える世界を丁寧に描写して、一面的に見ていた俺にいろいろ気づかせてくれた。 慣れてくると、雨の日の…

春の雪と夏の真珠(第十九話)

第十九話 五月最後の週の日曜日はあいにくの雨だった。例年よりやや早い梅雨入りとなったようで、この先もしばらく予報に雨マークが並んでいた。 晴れていれば少し散歩でもと思ったが、この雨では歩くのも億劫だと思った。午前はカフェで時間を潰し、ランチ…

春の雪と夏の真珠(第十八話)

第十八話 これから梅雨を迎える。昼の暑さとは打って変わって夜はまだひんやりすることもしばしばだった。ビール一杯ではほろ酔いすら感じないが、肌に受ける風は冷たく心地よかった。 恋愛を糧に生きるモンスターとの対談はほぼ言葉の一方通行で幕を閉じた…

春の雪と夏の真珠(第十七話)

第十七話 六月の梅雨を前にして晴れ間をしっかり稼いでおこうとするのか、連日すっきりとした晴れが続いていた。ネットの週間予報や月間予報を見てもずらっと晴れマークが並んでいた。 今朝の保育園の送迎が妻の番でよかった。どんな顔して夏珠に会えばいい…

春の雪と夏の真珠(第十六話)

第十六話 恋愛キングには会えなかった。彼には隠し事などできないから正直なところを聞いてもらいたかった。今日は連絡先を交換するつもりだったのだが、会いたいときに限って会えないのはやはり世の常みたいだ。 今日の俺は誰から見てもいいことがあった幸…

春の雪と夏の真珠(第十五話)

第十五話 過ごしやすい気温の日が続き、今日も清々しい朝だった。 凰佑を叩き起こして少し家を早く出た。ゆっくり保育園まで歩く道のり、木々はすっかり緑をいっぱいにしていて、その辺りだけは空気も澄んでいるかのように思えてくる。 眠そうに歩いていた凰…

春の雪と夏の真珠(第十四話)

第十四話 ゴールデンウィークの後半はどこに出かけるでもなしに家の片付けなどをしながら近場で食事したりのんびりと過ごした。家の近くをうろついていれば夏珠とばったり出くわすこともあるかと思ったが、そんな幻想はあっさりと打ち消された。 休みの間、…

春の雪と夏の真珠(第十三話)

第十三話 大道芸を見ていた観客の大きな歓声と拍手が響いた。 俺が今見ている海は伊豆の海で、また過去を見ていたのだと気づいた。手に持つソフトクリームは一口も食べずにもう溶けて形を留めていなかった。 「ちょっと食べないの? ベタベタじゃんよ」 慌て…

春の雪と夏の真珠(第十二話)

第十二話 中学三年の夏休み。 あれだけ時間が余っていたのになぜか八景島に行くことは思い浮かばなかった。夏祭りの余韻に浸って夏珠とはさらに絆を深めていたそのとき、母親から最近八景島に行ってないねなんてふと言われた。なんで今まで忘れてたんだとす…

春の雪と夏の真珠(第十一話)

第十一話 「あら、意外と早かったね」 公園を抜けて歩道橋を渡れば俺の家の団地の敷地内に入る。そしてそのまま長く緩い坂道を登った先に十四階建ての建物が見えてくる。俺の家は抽選で選ばれた結果という偶然ではあるが最上階の角部屋だった。上から見る眺…

春の雪と夏の真珠(第十話)

第十話 駅の周辺はほとんど団地で埋め尽くされている。駅周辺を抜けると一戸建ての住宅が並ぶ場所が見えてきた。都心からは離れた町とはいえそこに並ぶ家々はどれも立派な門構えで、かなりの金持ちが住んでるだろうとかねてから思っていた。そんな住宅街に入…

春の雪と夏の真珠(第九話)

第九話 夏珠とメールのやり取りをしたのは番号を交換した最初の日だけで、それ以降は特に連絡はなかった。 どこかほっとする気持ちと少し残念に思う気持ちがないまぜになってすっきりしない。頻繁に連絡を取り合える関係ではない。夏珠もその辺りをわきまえ…

春の雪と夏の真珠(第八話)

第八話 桜の見頃は本当に束の間で終わる。その短命さゆえに花見ができずに四月を過ごす人も多い。満開の桜はもうすでに散り始め、葉桜へとその姿をシフトしつつあった。 「でも葉桜もいいよね。春から夏に向けて衣替えの途中。ピンクと緑が絶妙なバランスに…

春の雪と夏の真珠(第七話)

第七話 今朝はいつもより早く目が覚めてしまった。二度寝の誘惑に駆られることもなく、すんなりと起き上がることができた。 自分の身支度をすべて整えてから息子の凰佑を起こした。早く目が覚めたぶん凰佑を起こす時間も普段より少し早い。それでも珍しく前…

春の雪と夏の真珠(第六話)

第六話 昨日に続いて今日も凰佑を送っていくのは妻だ。駅までの道のり、どうにもぼんやりとしてしまうなか、昨夜に夏珠から来たメールを見ていなかったことに気がついた。 メールの内容は当たり障りのないシンプルなもので、会えて嬉しかったこと、またゆっ…

春の雪と夏の真珠(第五話)

第五話 時折吹く強く冷たい風に煽られながら俺たちは立ちっぱなしのまま昔話に花を咲かせてしまっていた。人がほとんど通らない暗い道とはいえ保育園は目と鼻の先にあり、他の保育士や保護者がどこで見ているかわからない。保育士と保護者が道すがら偶然会っ…

春の雪と夏の真珠(第四話)

第四話 俺たちが一番初めに出会ったとき、それはまだ中学生だった。高校受験に向けて塾などに通う人が増えるのは中学も三年になってからだが、俺はそこそこ勉強は真面目にやっているほうで二年の終わりには塾に通い出していた。 夏珠とはその塾で初めて出会…

春の雪と夏の真珠(第三話)

第三話 「保育園に預けた子どもの担任が元カノだったなんて設定どう思う?」 大学時代から仲良くしている友達と久々に二人で飲むことになりお酒の力を借りて口走ってしまった。 「何それ? 小説かなんか?」 「うん、そうそう。ネットサーフィンしててたまた…

春の雪と夏の真珠(第二話)

第二話 その女性のことを俺は本当によく知っていた。だから正確に言えばそれは再会ということになる。 十四年。 それだけの月日が流れてなお鮮明に覚えていたし、当時から十四年後の姿を見ても本人であるとすぐに分かった。 幸か不幸かすぐに仕事に行かなけ…

春の雪と夏の真珠(第一話)

第一話 例年より少し遅れて桜が満開となった。冬の訪れが遅かったぶん春も後ろにずれ込む格好となったようだ。 スタートや出会いの季節を後押しするように満開の桜が咲き誇り、誰もが新生活は明るいとの夢を見て春の陽気をぼんやり楽しんでいるように思える…

物語を届けたい一心です。

みなさま、こんにちは。 おうすけといいます。 小説やアニメなど物語があるものがとにかく好きで、かねてから自分でも小説を執筆してみたいと思っていました。 それでも結局のところ、先延ばし先延ばしの繰り返し。 なにかと都合の良い言い訳をして小説を書…