「漂う」(第十五話)

第十五話

 あなたは幼なじみの車のなかで落ち着いていられなかった。
 不慣れな格好で、不慣れな相手を前に話をしなければならない。その重責に押しつぶされそうになっていた。
 「今からそんな緊張してどうすんのさ? 言っても宴席なんだから気楽にしてりゃいいのに」
 幼なじみは超現実的楽観主義者さながらな態度でのんびりと車を運転していた。
 あなたは想う。
 幼なじみが自分であったならと。彼の一流の社交気質ならば造作もないことなのだろうと。ただ幼なじみは偶然あなたを車で運んでくれているだけだった。
 あなたはこの日のためだけに用意された上質のタキシードに身を包み、靴や鞄、小物に至るまでハイブランドのアイテムを取り揃えていた。
 あなたは想う。
 幼なじみと自分の格好のあまりのギャップを。
 幼なじみは近くのコンビニに行くのも考えてしまうようなみすぼらしいスエット姿で、足元はクロックスだった。
 あなたは紛れもなく緊張していた。
 人前で話すことは慣れていても、いわゆる重鎮が多く座する場での話となると若輩者であることを意識せざるを得なかった。
 あなたは想う。
 渋滞にでも巻き込まれて抜け出せなくならないかと。このまま幼なじみと永遠と続くドライブにでもならないかと。
 青山通りに差し掛かったところであなたは見た。
 長く長い車の列を。
 事故による渋滞。車はまったく流れていなかった。
 あなたは車を降り、遠く見えない渋滞の先頭に目を向ける。
 ビルに反射する光に遮られ、あなたはただ目を細めるだけだった。