「漂う」(第十八話)
第十八話
あなたは水の中にいた。
あなたはそれが幻影だと知っていた。
澄んだ水はひんやりと冷たい。だが肌には心地よいとすら感じられた。
呼吸が苦しいこともなく、周囲を囲む魚たちは饗宴の演舞を執り行っているかのようだった。
あなたは知っていた。
将来のプリンセスもまたこの景色を見せられ、魅せられたことを。
そして、プリンセスの瞳に映っているのがあなたではないことを。
あなたは右手が疼くのを感じた。
力に対して力で対抗するのは簡単だった。あなたが右手の力の解放すればこの美しい景色は露と消え、荒涼たる景色へと変わる。
あなたは想う。
敵の力の強大さを。
力でもって力を合わせるのではない自分とは異なる戦い方を。
この場を掌握することが勝利になるとあなたは考えることができなかった。紛れもない幻影、だが、消し去ることでプリンセスの心までも消し去り、幻滅を促しかねない。
あなたはおよそすべてを知っていた。
試練とは、乗り越えることができる者にのみ与えられるということを。
「おもしろい……」
あなたはそうつぶやいていた。
自分でも聞こえるか聞こえないかの小さな声で。
あなたは力を解放する。
そして、その場は大きな光に包まれた。