「オシャレ貧乏」(第二話)

第二話

 日本人は見た目で人を判断する。
 ビジネスシーンでは過剰なまでにスーツを着て、髪の毛の色はぼぼ絶対と言ってもいいくらい黒でなければならない。オフィスカジュアルなんてものもあるが、それは狹い空間でだけ許された習慣であり、一般化はできない。世界に目を向けても基本的な常識は似たようなものかもしれないが、日本人の意識は明らかに過剰だとも思えた。
 あの蛍光ピンクの二人組のことを思う。恐らく収入というステータスで測られたとき、間違いなくあの二人はハイクラスの人間になる。銀座の多くの店舗がその対象とする顧客だ。でもあのドアマンは見た目で彼らが相応しい人間であるとは判断できていなかった。日本人の誰が見ても極端な格好をしているわけだから仕方ないかもしれないのだが。
 ドアマンは再び定位置に戻ると表情を引き締めた。無愛想とも笑顔とも寄り付かない中性的な表情をキープしていた。
 僕はなおも蛍光ピンクを目で追いかけていた。有楽町駅方面に歩いて行く二人組は、もう視界が届く限界あたりまで先にいた。それでも鮮やかに銀座という街に輝いて見えた。それは蛍光カラーだけに頼るものでなく、彼らが内面に持つ輝かしいステータスの反映だと僕は思い、見えなくなるまでずっと同じ方向に目を向けていた。
 空は晴れ渡るが、目に焼き付いたピンクが空にまでうっすらと反映して見える。僕も第一印象では蛍光ピンクの彼らが銀座に不相応に見えた。それなのに今は彼らが輝いて見える。人間の認識のなんと単純なことかと、自分の見たいものなど見えていないのだと思い知らされる。
 僕は腕時計を確認する。今日のこの格好には少し不釣り合いなのかもしれない銀色のロレックスの時計。それは両親が就職祝いにとプレゼントしてくれた僕が持つ唯一ともいえる高級品。
 指定された時間まではあと二十分程度だった。少しくらい早めに着いてもいいだろうと、僕はゆっくりと目的地に向かって歩き出した。
 銀座は有楽町駅を背にして左から一丁目、二丁目と通りが真っ直ぐに走っている。慣れると住所を見てすぐにあの辺りかとおおよその見当をつけることができる。それがわかるくらいには僕も銀座に出入りしていた。ブルガリがあるのは二丁目なので、僕の通う会社は通りを横に四つ数えたところにある。正確に言うなら、今はもう僕の会社ではない。僕はつい先日、三年勤めたその会社を解雇された。
 通り慣れた道は目を閉じていても歩ける気がした。そのくらい銀座という街は実にシンプルな街だ。確かに高級ブランド店やメニューのない時価の飲食店など多く目に付いた。それでも庶民的な外食チェーンのお店や、リーズナブルな食事を昼夜問わず楽しめるお店も数多くある。
 カレーの匂いが地下のお店から漏れてくる。何度か利用したことがあるスープカレーが美味しいお店だ。
 そこから程なくして僕は目的地にたどり着いた。
 会社に着くとすぐ、元上司が僕に気が付き声をかけてくれた。
 「おう、辻村。わざわざ悪いな」
 僕が今日ここに来たのは辞めるために必要な書類に不備があり、それを修正するためだ。ただ不備は僕のせいではなかった。わざわざ僕の方から来ないといけないのかと疑問もあったが、退職金の支給にも関係すると元上司から説明され、こうして出向くことになった。
 書類上は、僕が自分の都合で辞めたことになっている。これはアングラな大人の事情だろう。本来は会社の一方的な都合で辞めさせられた。辞めることには違いないと何も考えずに処理をしたことが間違いだと気がついたのは、ふと退職金の相場なるものを調べたときだった。
 どうやら一般的には会社の都合で退職する場合は退職金もやや割増になるらしい。たかだか三年勤務の退職金など知れてるわけで、それすらも出し惜しみする会社には正直辞めて正解だったのかもとまで思った。
 そうは言っても、少ないながら今の僕には退職金はどうしても必要だった。つまらないいさかいでそれをみすみす手放すことはできない。
 「この書類にも記入してほしいんだ。本当にすまない」
 元上司は、心の底から申し訳ないという顔をしていた。訳を知っていながら部下を救うことができなかったこと、さらには部下よりも自分の上司の肩を持つことになったことに対して思うところがあるのだろう。この元上司だけはかなり信頼できたし、最後までその気持ちが変わらずにいられることだけは良かったと思う。