「オシャレ貧乏」(第六話)

第六話

 僕はファッションセンスがいいと言われることが多かった。特に意識して何かをしていたわけではなかったが、自分できちんと納得できるものを選んでいた。高校生の頃や大学生の頃は当然のようにお金がなかった。それでもそうした状況のなかで良いものを発掘していたんだと思う。
 当時はお金がないことを理由にしていたが、大人になった今であればお金がないは言い訳にすぎない。要は使い方なのだとようやく学んだ。
 社会人になり現実的な生活を強いられるようになったためお金の使い方がよくわからなくなってしまっていたが、僕のお金の使い道は間違いなくファッションだと今は確信している。そう思うと、銀座という街で会社勤めをして無意識にモードの刺激を受け続け、解雇されたことによって意識的に改めて銀座の街を見ることができたのは良かったのかもしれない。
 コートをハンガーにかけて今一度うっとりしてしまう。このコートも一目惚れをした一品だ。
 コートはバーバリーで買おうとあらかじめ決められていたかのような一切の迷いがなかった。銀座のバーバリーに行き、やはりその上質な店内の空間に、そこにいるだけで洗練されていく心地を味わった。
 丁寧に一品一品を眺めていくと直感が働いた。これだと思えるものに出逢った。ブライトスティールブルーという色のトレンチコートで、ダブルブレストのボタンで開閉するタイプのものだ。ずっしりとした深みのあるダークブルーに僕は心を鷲掴みにされた。触り心地も当然良く、ウールカシミアがボディラインに絶妙に沿うとなぜだか確信できる一級品だった。
 まだ見ていないコートもあったにもかかわらず手に取り試着させてもらいすぐに購入を決めた。値段は見ていなかった。そのためレジにて価格を告げられたときは正直驚いた。それでも買うと決めた心が揺らぐことはなかった。現金で、その場で二十八万を支払った。おそらくこれほどの価格の商品を現金で買う人は少ないのではなかろうか。でも僕はカードで買うことは避けたかった。現金で払ったことで本当に購入したと思えたし、カードでは身の丈以上の支払いが時に可能となってしまう。形から入るために背伸びして上質なものを選んではいても生活ができなくなってしまっては本末転倒もいいとこだ。
 僕は運命的な出逢いを信じてものを買っている。自分の目を信じて買ったコートをすぐに質の違いがわかる人に褒められるのは正直かなり嬉しかった。この店で働くようになってからというもの、お客様のスタイルなどを意識的に見ることでより自分の審美眼にも磨きがかかっていくのがなんとなくわかる。上質なものを着るようになってからは、生き方も不思議と上品に、洗練されたものにしようと身にまとう雰囲気すら無意識に変化させているようにさえ思えた。