「漂う」(第十九話)
第十九話
あなたはオーストリアの宮廷でディナーを楽しんでいた。
豪奢なシャンデリアは淡い光を細かく無数に放ち、だが主役は決して自分ではないと目立つことは避け、あなたを一番美しく輝かせることに専念しているようだった。
宮廷音楽家が奏でるメロディーが食事のスパイスとなる。
厚い絨毯はあなたをしっかりと支え、最高級の木材を使ったテーブルと椅子には金銀の宝石細工が施されている。
あなたはお姫様だった。
何重にも薄い絹が丁寧に織り込まれたドレスは着ているのは感じさせないほど軽く、だがその真紅の光沢は存在感を一際目立たせる。
あなたは物語のヒロインだった。
無数のダイヤを散りばめられた金のティアラは中世の大国の至宝。
あなたのためだけに用意された。
ひとつ、またひとつと料理が運ばれてくる。
お皿に乗るそれらはどれも少量で、けれどもそこには小さな宇宙が広がっていた。それぞれのプレートに物語があるようで、色鮮やかな佇まいは五感を楽しませた。
大きく長いテーブルに座るのはあなただけ。
その向かいの席は空いていた。
あなたは想う。
彼はもう間もなくやってくると。
薄く小さな足音が聞こえた気がした。
あなたの鼓動と同じリズム。
そして、重厚な扉が開かれた。