2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧

「漂う」(第五話)

第五話 あなたは深い深い海の底を歩いていた。 腕に付けているウェアラブルデバイスは、今が昼前であることと、水深六千メートルに達したことを告げていた。 あなたの外見はおよそ地上を歩いている人々となんら変わりがない。白のポロシャツにビビッドカラー…

「漂う」(第四話)

第四話 それは夢なのかもしれない。 あなたはショート丈のダッフルコートにミニスカート。黒のタイツが足を細く長く映す。 あなたは少し斜め下のほうを向き、ほんのりと口角を上げて微笑む。 唇には派手すぎない程度に薄く艶の出るリップを塗り、同様に頬に…

「漂う」(第三話)

第三話 あなたが言うところの七色に光る虹ともオーロラとも呼べるような神秘的なベールに包まれた空を、あなたは飛んでいた。 あなたはなんでも把握していた。全能ではないが、およそ全知であった。 昼でも夜でもない世界にて、あなたは空から問いかける。 …

「漂う」(第二話)

第二話 あなたは深い闇にいた。 恐らく黒く負の感情を伴う比喩的な意味と同時に、そこはあらゆるものが感覚として捉えがたい漆黒の闇に包まれていた。 それは絶望。 考えることを一旦止めたというよりも諦めたことで陥った境地だとあなたは言った。 あなたは…

「漂う」(第一話)

第一話 あなたが言うところのどこまでも果てしなく青く碧い美しい空に向かって、あなたはただ当てもなく彷徨い歩いていた。 人の手が届かない孤島を取り囲む紺碧の海を思わせる空。 どこまで歩けば辿り着くのかなど見当もつかない。それでも足は自ずと引き寄…

閑話休題

ブルートゥースのキーボードが壊れてしまった……。新しいものが届くまで壊れたスマホの画面を四苦八苦しながら打ち込まなければならない。画面にヒビが入っているからなのか打ち込むためにフリックするとカーソルがその度にバンバンとあちこちに飛ぶ。ここま…

春の雪と夏の真珠(第四十三話)

第四十三話 入学式に合わせて桜が咲くようにするため、学校に植えられた桜は様々な品種が混ぜ合わされていると聞いたことがある。 それでも自然の摂理にいつでも完璧に抗えるわけではないだろう。 そう考えるとこうして息子の中学の入学式にて満開の桜に迎え…

春の雪と夏の真珠(第四十二話)

第四十二話 寒さは冬を感じさせているものの一度の雪も降らずに季節は流れていく。急に四月並みの気温になったりすると、もう春の訪れかと人も草木も勘違いしてしまう。 三月に入ると、また冬に戻ったりしつつも徐々に気温が高くなっていくのは毎朝肌に感じ…

春の雪と夏の真珠(第四十一話)

第四十一話 夏珠が福岡に帰ってしまってからも生活には何一つ変化はなかった。 担任が急にいなくなったことに対しても凰佑はまだあまりピンときていない部分も多く、ひょっこりまたすぐ現れるくらいに思っているのかもしれない。 生活は今まで通りだ。 ただ…

春の雪と夏の真珠(第四十話)

第四十話 年末は慌ただしい。毎年どんなに構えていてもすぐバタバタしてしまう。今年も案の定のこと、俺も妻も仕事に追われあっという間に仕事納めを迎え、何も片付いてない家のことに取りかかればまたたく間に年が明けてしまった。双方の両親との付き合いな…

春の雪と夏の真珠(第三十九話)

第三十九話 すっきりとした朝だった。 意識ははっきりとしている。長い夢でも見ていたのかもしれない。夢を見ることで人間は記憶の整理をするなどというが、ごちゃごちゃになっていたメモリーが解放され軽くなっている気がする。 妙に頭は冴え渡り、処理速度…

春の雪と夏の真珠(第三十八話)

第三十八話 皮肉だと思う。 夏珠はきっと妻と子どもを捨てて自分の元に来るような俺を好きにはならない。妻と子どもを愛する俺が好きなんだと思う。 なら、俺は妻と子どもを愛することで夏珠を幸せにするしかない。 「でもね。今いる子たちの最後は見届けた…

春の雪と夏の真珠(第三十七話)

第三十七話 夏珠の家の近くにある個人経営らしい洋食屋に夕ご飯を食べに行った。 夏珠との時間はいつだってあっという間に流れていく。午前中から会っていたのにもう外は暗い。こんな住宅立地でもイルミネーションは所々で輝いていた。 上手く言葉にはできな…

春の雪と夏の真珠(第三十六話)

第三十六話 日差しで明るい夏珠の部屋に男女の情を掻き立てるムードなんてものはなかった。それでも俺は夏珠を激しく抱いた。そうした行為がいかにも当たり前のことのように。お互いに何一つ躊躇することもなく、結ばれるべくして結ばれた二人への賜物として…

春の雪と夏の真珠(第三十五話)

第三十五話 A4版のアルバム。 表紙には『春の雪、夏の真珠』とある。夏珠らしい爽やかな黄色とピンクを基調としたアルバムで、春と夏のイメージがよくはまっている。 横並びにほとんどくっついているというくらい寄り添いながら二人でゆっくりとページをめ…

春の雪と夏の真珠(第三十四話)

第三十四話 朝の目覚めは妙によかった。 酔った勢いで夏珠に連絡しかけたが思いとどまる理性が残っていたのは幸いだった。素直な本音は言えたかもしれないが酔った状態じゃなんとも誠意に欠ける。 俺の中でするべきことが固まっているのがわかる。 夏珠は職…

春の雪と夏の真珠(第三十三話)

第三十三話 「今思うとなんでそこでしゅんと縮こまったまま何もしなかったのかって。しばらく、本当に長いこと何もできなかった。精神的にというのは言い訳だよね。すぐに行動すれば変わってたものもあったかもしれないのに」 俺と同僚は、俺の希望で賑わう…