「漂う」(第八話)
第八話
あなたはあなたが言うところの禁書目録を片手に、おびただしい数の書物に囲まれていた。知性をさらなる高みに体系化すべく、書物の海に体を預け精神を統一していた。
「お疲れ。賢者の間にいるの好きだね」
あなたの耳に優しく届くその美しい声は、どうしようもなくあなたを不治の病に誘うらしい。
周囲が言うには、あなたは患っていた。中二病という難しい病を。
あなたは隣に座るその彼女が妖精の類であると知っている。そして将来の自分のプリンセスになると。
あなたはおよそすべてを知っていた。
ただ、あなたは今、俗世に身を寄せている。仮の姿と称して力は大方封印されている。
「ドイツ語で『弁護士』って言うとすごくかっこいい」
あなたは誇らしげに彼女に教えた。
「『レヒツアンヴァルト』という」
「それほんと? またいつもの設定っての?」
あなたは彼女に語りかけるが決まっていつも半信半疑なリアクションを取られてしまう。
「てか来るたびに思うけど『賢者の間』って。大学の図書館の一施設をなんでこの大学はそう名付けたのかな」
あなたは仮の姿のままだと思うように力が使えない。それでも彼女に自分の力を信じてもらおうと躍起になる。
「いい名前だと思うけど。実に知の探求に相応しい」
あなたの言葉に彼女はいつも苦笑いする。あなたはそれがなぜだか理解できないでいる。
あなたは彼女ともっと深く話すべきだと悟っているが、彼女は今日もどこかに急いでいる。
「ごめん、最近水族館にはまってて。またね」
あなたは空を見つめ、誰にも聞こえないであろう小さな声で呪文を唱える。
「我、真紅の空が現れし……」
強い風が吹きすさび自分の声すらかき消された。